二萬打SS

□ぼく達の距離1
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教室の窓側の…それも一番後ろとくれば、




其処は誰もが羨む絶好の場所だ。


多くの者はそれをさぼったりして過ごすらしいが、
ぼくはそんな事はしない。




ただ、この時間だけはこんな位置も有り難いと思っている。


そうこの時間だけ…





2萬打突破企画
第一弾

ぼく達の距離 1







カキーン……―!!


『シブヤ―そっちいったぞー!』

『お―!!任しとけッ』


目をやったグラウンドの手前ではしゃいだ声が上がっていた。


その注目の中心はホームベースに集まっている様で。

『さぁ、来いッ!』


ざざぁッ



砂埃が立ち込めて暫くホームは見えなかったが、

やがて…『スリーアウト!チェンジッ!』

という声が窓越しに聴こえて抑え込めた事を知った。


『ッしゃぁあ!!』





「ほーう。上手いじゃないか」



ぼくも小さな歓喜を教室の隅から上げた。
今のはなかなかの殺し方だった。


よくやったぞシブヤ――!

と周りから褒められている張本人は、
酷く満足そうに喜びあいながら、
グローブを外してそのままバットに持ち替えている。


恐らくすぐ打順がくるのだろう。



最初の打者が塁に出て、早くも二番目の打者が構える横で、


ヘルメットを被ったアイツの顔が突然此方を覗いた。



思わず目があって一瞬驚いたユーリに対し、

ぼくはこっちにいる教師にバレないよう、


そっと手を振った。


すると、ユーリも恥ずかしそうに振り返してくれる。



『い、ま、の、…見、た?』


ぼくに判る様にはっきりとした口ぱくで伝えてきた。


本当、可愛いやつ。


「あぁ。見たぞ」


ぼくは弛む頬を少し抑えながらコクコクと頷いてやる。


すると、満足そうに笑みを残してユーリはホームベースに立った。


バットを構える姿がとても生き生きとしている。


『シブヤ行けー!!』

『お―ッ!!』


投手が投げた球にユーリは思い切りバットを振って…




…スカ―ン



『ん、あれ?』



思いっ切り空振っていた。

おいどうした渋谷―



なんて呼びかけに軽く謝りながら、ユーリが此方を見るものだから、


ちょっと茶目っ気が働いて、口元に手をつけて声を出さずに言ってやった。


すると…



「へッ!へなちょこゆーなーー!!」



バットを振り回しながらそう叫んでる。

此処まで声が聞こえてるぞ、へなちょこ。


周りが驚いているだろうがどう収拾つける気だ?


『ど、どうした渋谷;』

『へぇッ!?ぁ…いや、これはえーっとァ、アイツが……』



皆の視線が此方に向く前に…


(うん。そうだな…寝よう)


と、ぼくは軽く決意して…

…伏せた。



教室の端からフっと一人の体が消える。


『何だ?皆授業中だぞ』

「え…?っッぁ、あいつ――――ッ!!!」




どんな顔をしてるかが見える様だ。


此処まで丸聞こえだ、ユーリ。





教室の中でバレないように笑うのはなかなか大変だった。








続く。

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